100万匹の羊https://play.google.com/store/apps/details?id=com.frecre.eikomus
  • インタビュー
  • 連載
  • 開発
『デジタルゲームの技術』出張編

これからデジタルゲームのAI の進む 道を知るために知っておきたいこと

編集部(gamer's express) 2011-08-29
『デジタルゲームの技術』出張編

2011年7月にソフトバンククリエイティブから発行された『デジタルゲームの技術 開発キーパーソンが語るゲーム産業の未来』。全9人によるインタビュー集となるこの書籍の内容を抜粋してお届けしていきます。

第6回目となる今回は、「これからデジタルゲームのAI の進む 道を知るために知っておきたいこと」と題して、三宅陽一郎氏(株式会社スクウェア・エニックス)のインタビューをお届けします。

これからデジタルゲームのAI の進む道を知るために知っておきたいこと

デジタルゲームの技術において、誰もが知っているようで、その本質はあまり知られていないもの、それは「AI」ではないでしょうか。
日本のゲーム開発者の中でも大学での長い研究生活の後にゲーム産業に飛び込むという異例のキャリアを持つ三宅さんは、会社内での業務においてさまざまなタイプのゲームタイトルに新しくゲームAI技術を導入するとともに、IGDA( 国際ゲーム開発者協会)日本においてSIG-AI(ゲームAI専門部会)を立ち上げたほか、ゲームAI 連続セミナーの開催(これまでの7 回)、CEDEC における講演(2006-2009年)、海外での招待講演、大学における講義、学会における講演、『デジタルゲームの教科書』(ソフトバンク クリエイティブ)の共著執筆、Twitter上で誰でも参加ができるAIラウンドテーブルの立ち上げなど、ゲーム産業、大学教育、社会一般に向けてゲームA Iの導入と発展、普及と啓蒙に努めてきました。
今回のインタビューはゲームAIの基礎から、現在のゲーム体験を一新する可能性のあるキャラクターの「学習」機能、プロシージャル技術、アニメーション技術と人工知能の新しい関係まで、幅広くお話を伺いました。また技術的詳細や専門用語については注釈を後で書いて頂きました。資料へのURLはリンク切れを起こす可能性もありますが、現在の利便性を考え掲載させて頂きました。章末には特別に「デジタルゲームA I入門(教科書紹介)」を執筆して頂いています。

プロフィール

株式会社スクウェア・エニックス テクノロジー推進部 リードAIリサーチャー
三宅 陽一郎 みやけ よういちろう

1975年、兵庫県生まれ。京都大学で数学を専攻、大阪大学で物理学(物理学修士)、東京大学工学系研究科博士課程(単位取得満期退学)。2004年株式会社フロム・ソフトウェア入社。デジタルゲームにおける本格的な人工知能技術の応用を目指す。
IGDA日本ゲームAI専門部会設立(世話人)、DiGRA JAPAN (日本デジタルゲーム学会)研究委員、デジタルコンテンツ協会調査委員(2007~2009)、人工知能学会会員。CEDEC 2006「クロムハウンズにおける人工知能開発から見るゲームAI の展望」はじめ、KGC(Korea Game Conference)、筑波大学、東京大学、JAISTその他招待講演多数。特集論文「ディジタルゲームにおける人工知能技術の応用」(人工知能学会誌Vol .23 No.12008/1 )。DCS2008論文「エージェント・アーキテクチャに基づくキャラクターAI の実装」(船井賞受賞)。「オンラインゲームにおける人工知能・プロシージャル技術の応用」(日本知能情報ファジィ学会誌 Vol.22, No.6 2010/12)。共著『デジタルゲームの教科書』(ソフトバンク クリエイティブ)22章「プロシージャル技術」23章「デジタルゲームAI」。論文、講演資料はWebブログ「y_miyakeのゲームAI千夜一夜」を通じて公開している。2011年4月より、現職。

ゲームAI を見つめ続けてきた10年

―― 2011年の4月から株式会社スクウェア・エニックスに転じられました。現在のお仕事はどういった内容になるのでしょうか。

三宅:現在はスクウェア・エニックスのテクノロジー推進部という次世代ゲームエンジンを研究・開発する部署のAI セクションにいます。現在から未来に向かって、必要になるであろうゲームAI の技術、予想される技術を考えた上で、これからのゲームAI のシステムを作っていくという仕事です。
テクノロジー推進部は2011年2月にそれまでのプロジェクトを統合する形で発足した新しい部署で、国際的に有能な人材を受け入れるという土壌があります。現在3分の1弱は海外出身者です。スクウェア・エニックスを支えて来た生え抜きの開発者と、新しく加わった実力のある開発者が融合して新しいシナジー(相乗効果)を産み出しています。研究をバックグラウンドに持つ各分野のエキスパートと、開発の現場で豊富な経験を持つ開発者を集めて次世代ゲームエンジンの開発を進めています。同時に各スタッフが研究成果を論文の形で発表することも行っています。

―― 前職の業務とはかなり毛色が変わったという印象を受けます。

三宅:そうですね。基本として変わっている部分と変わっていない部分があります。大きな思想としては、ゲームタイトルに人工知能技術を組み込むことで、ゲームタイトルのクオリティーを上げたい、デジタルゲームを人工知能によって一段上のレベルに持って行きたい。それは自分として変わらないモチベーションです。 以前は、各タイトルに人工知能としてのベストソリューションを提案・導入するということをやっていました。一方で、さまざまな具体例から汎用的なゲームAI の原理を見出すという研究を行ってきました。しかし、ここでは、自分と未来のゲームタイトルの間にエンジンという層があります。現在自分が注力しているのは、この部分です。ゲームエンジンを通じて未来のタイトルに貢献する。ゲームエンジンの中に人工知能のコアとなる部分を組み込んでいくことで、ゲームエンジンが持つポテンシャルを上げ、それがいろいろなゲームタイトルに使われることでタイトルに貢献していくというシナリオを描いています。

―― 三宅さんをゲームAI の方向に突き動かすものとは何でしょうか?

三宅:自分には人工知能、いや人間の知能について深く知りたいという欲求と、ゲームを人工知能から発展させたいという二つの思いがあります。そして、これは決して別々のものではありません。人工知能を作ることは、人工知能理論に対する最も鋭い批判です。作ることと、知ることは、特に人工知能という分野においては、知能を探究するための分かち難い二つの方向なのです。

―― 三宅さんがゲームAI の分野に飛び込んだのはどういった理由からだったのでしょう?

三宅:ゲームAI というか、人工知能の分野を選んだ理由ですね。修士では物理学の加速器実験の研究をし、次に大規模な回路システムの内部状態をリアルタイムに把握する研究をしていました。そして、同時に、個人的にフッサール※1 の現象学なども読んでいました。
ある秋、忙しい研究が一段落して、いろいろなアイデアを考えて大学の構内を歩いている時、急に知能というものの本質がわかった、という瞬間がありました。それはぱっと目の前に大きなパースペクティブが一瞬で開けた瞬間でした。それは、極めて単純で明確なビジョンでしたが、そのビジョンが揺らぐことはこの10年一度もありませんでした。そこから、そのビジョンに導かれて歩んでいます。自分が作るAI には常にそのビジョンが組み込まれています。

※1エトムント・フッサール(Edmund Husserl, 1859-1938):一つの新しい哲学原理として現象学を打ち立てたドイツの哲学者。現象学は20世紀の人文科学に大きな影響を及ぼした。人工知能の研究者にも知覚や認識といった領域を考える上で参照されることがある。著書に『イデーン』『論理学研究』(みすず書房)など。現象学の流れの中で身体・知能に近い分野の名著として、メルロ=ポンティ『知覚の現象学』がある。

技術全般におけるアカデミック研究と産業開発の違いからゲームAI を理解する

―― それでは、ゲームAI のお話に入る前に、今回のインタビューの大きなキーワードとなる、産学の研究についてお伺いしていきます。

三宅:そうですね。その問題はやや唐突に見えるかもしれませんが、現在、ゲームAI という分野を語るには、その視点が一番見えやすいと思います。お互いの立場を対照しながら、説明して行きたいと思います。産学連携について説明したいのではなくて、ゲームAI を解説するために、大きく外側から解説していると思って聞いてください。
ここで少し、このインタビューにおける言葉の使い方の注意ですが、特にゲームAI 全般の中でも「デジタルゲームにおける人工知能」という意味を強調したい時には「デジタルゲームAI」という言葉を使うことにします。さらにゲーム・キャラクターに実装される人工知能をキャラクターAI と言うことにします。さらに知能を持ったキャラクターはエージェント※2 ということもあります。
まず前提として抑えておきたいのは、アカデミックと産業の目的の違いについてです。アカデミックの最終的な目標というのは、研究成果を上げて、論文にするところにあります。非常に荒っぽい言い方をすれば、アカデミックの場で、何かを作ったり、総合的なものを作ったりとしても、評価されるのは、それまでにあった技術分野の中でいかに新しいか、新規性があるか、独創性があるか、つまりでき上がったもの全体の性能というよりは各技術分野の成果ということになります。簡単に言えば各分野の技術発展にどれだけ貢献したか、どのように組み合わせてどんな性能を出したか、ということです。特にユーザーから見たAI に対する主観的評価「人間らしい」「感情がある」「賢い」などは評価の仕方が難しく、結果としてコメントされることはあっても、近年※3 になるまでは、それを目指して研究するのも難しいところがありました。
一方、産業というのは、どちらかというと各部分で学術的に新規性があったとしても、最終的にでき上がったものがいかに製品として優秀か、生み出したものが優秀かというところに焦点が置かれているというところがあります。逆にいうと、学術的文脈の中で新しいことであっても、ある部分だけ「すごく先進的だよ」と言われても、それが製品に反映されなければ意味がない。特に商業デジタルゲームAI の場合は、プレイヤーが主観的に感じる印象を重んじる傾向にあります。
そこが、実はいろんな分野で「産学連携を一緒にやろう」といったときの合意がなかなかできない部分でもあります。理想的には、「学」の新規技術が「産」で必要な効果を産む、ということでしょうが、学は新規性のためなら効果にはある程度目をつぶるし、産は効果を産むためには方法は選ばないので、両者のベストマッチングを見つけることが一番のポイントになります。

※2エージェント(Agent):元々はデジタル空間上で人間の代わりに、自律的に与えられた役割を果たすAI を指す。複数のエージェントを組み合わせて(マルチエージェント)一つの大きな役割を果たす研究も志向されている。しかし、現在ではデジタル空間のAI を広義にエージェントと言ってしまう場合が多い。デジタルゲームであればプレイヤー以外のキャラクターをエージェントと言ってしまう場合が多い。本インタビューでも同様である。
※3近年:最近はいろいろな学会で「実践論文」というジャンルが創設されている。

―― 特にAI では産学連携的な案件も多くあります。三宅さんのメッセージとして、まずは産側も学側もお互いにそこの違いを理解するところから始めようと。

三宅:そうですね。またAI の部分はもうちょっと難しい問題があって、特に、AIは抽象的な分野で、すごく基礎が難しい分野です。つまり、他の分野みたいに、電気とか化学とか数学のように、基礎と研究対象がはっきりしている分野ではありません。自分は一般的な産学の連携に語る立場にはないので、ここではゲームAIに限定して語ることにしましょう。
ゲーム産業では「今、自分たちがゲームで実現したい人工知能のイメージはわかっているが、そのためにどんなAI テクノロジーが必要なのかわかりづらい」という問題があります。これは、字面通り読むと、ああそうなのか、というところなのですが、現在のゲームAI が持つ重要な二つの問題点を含んでいます。 一つは「AI 技術とそれがゲームで産む効果の対応」がわかっていない、ということ。実はゲームのAI で使われる技術は、ほとんど全てが人工知能のみならず既存の技術を基に組み上げられます。ゲームAI で独自な部分は、技術そのものではなくて、それをどのように組み合わせて、どのような形でゲーム空間の中で効果を得るか、というところにあります。
二つ目の問題点としては「実現したい人工知能のイメージ」というのがわかっていると思っている点です。これは気付きにくいことですが非常に危険な傾向です。自分たちはゲーム開発者であるから、ゲームに必要なAI のイメージはわかっている、自分たちが欲することがニーズそのものであるはずだ、と思うことは半分正しく、半分は間違っています。人工知能技術がゲームに持ち込まれる時に産む効果というのは、決して自明なものではありません。この10年で新しく持ち込まれた人工知能技術が生み出した効果は、実に多くの開発者の予想を超えたものでした。時には、導入した開発者の思惑を大きく超えた効果を産み出すこともありますし、その逆もあります。一つの効果を求めていたものが、実にゲームデザインにマッチして連鎖的に三つも四つも効果を産み出すこともあります。例えば「Killzone※4 」(Guerrilla Games、2004)の世界表現技術(人工知能のための地形表現データ)は、一見射線判定の軽量化だけを志向しているように見えて、実に「敵の威嚇」や「戦術的パス検索」「敵経路予測」に使用できる、という乗算的な効果を持っていました。
逆に学術側から見た場合は「自分たちがやっている分野がどの産業分野に応用できるのか」が、実はよく見えないという課題があります。これは「ゲームAI」特有の部分が見えにくいという点に一つの原因があります。本来、これらは数々の事例を通して明らかになって行くものです。特に日本ではゲーム産業自身から技術事例の発信が少ないという産業側の問題点を反映して、輪をかけて見えにくくなっています。海外では2000年頃からGDC や書籍『AI Game Programming Wisdom ※5 』(現在1-4巻)を通して膨大な事例が一般に公開され、そこから学術側が問題を発見する、というよい循環が産まれました。ゲームAI を産学を通して発展させる大きな原動力となりました。しかし、日本は一貫してこの輪の外にありました。ですから、日本のゲーム産業では産学のマッチングが他の分野より難しい問題として残っています。

※4Killzone( Guerrilla Games、2004):オランダにある開発会社 Guerrilla Games がPlayStation 2 向けに作り上げたFPS の人気ゲーム。人気シリーズ化し「3」まで発売されている。毎回、高いレベル、かつハイパフォーマンスの人工知能技術を搭載することで、常にゲームAI 開発者の注目を集めている。「1」では世界表現の技術、「2」では階層化ウェイポイントと影響マップ、階層型タスクプランニングの技術が導入された。GDC やParis Game AI Conference の資料はaigamedev のサイトで公開されている。
※5AI Game Programming Wisdom:2002年から刊行されているゲームAI の論文・記事を集めた書籍(Charles River Media)。デジタルゲームAI の主な情報源となっている。2011年現在、日本語訳はまだない。

――「 ゲームAI」特有の部分とは何でしょうか?

三宅:例えば、学術的AI の応用分野には推論だとか、オントロジー※6 だとか、会話だとか、Web エージェントとか、各分野があります。学術では、そうやって分野を分けることで専門化した成果を積み重ねて研究を推進するという方法論があります。
しかしデジタルゲームにおける人工知能は結果として「人工知能」がその中に現れればよい。ここでは特に「仕掛け」と「効果」を分けて考える必要があります。これは言葉の使い方に注意しなければなりませんが、「人工知能技術をゲームで使う」という客観的な意味と、「プレイヤーの体験の中に人工知能を顕在させる※7」という主観的な意味を分けて考えねばなりません。前者の場合は、一般的な問題を人工知能技術によって解決するという意味の人工知能技術の応用であり、ゲームにおける人工知能技術の応用です。これは比較的、学からも見えやすい部分です。一方、後者は仕掛け自体は特に問いません。ゲーム世界の中で知的機能を実現するということです。例えば、ゲームの中のキャラクターの知的行動はゲーム世界とのさまざまなインタラクションを通じて創発的に産まれた現象です。たとえそれが、人工知能のアルゴリズムを基本としていても、そのアルゴリズム自体がそのままの形でゲーム内で発現するということはありません。アルゴリズムとゲームの間には導入のためのシステムが介在します。ここでシステムとはキャラクターを形成するアーキテクチャだったり、ゲームシステムであったりします。システムはゲームとアルゴリズムを介在します。世界とキャラクターの関係性という場を通じて、その機能が知能という現象になります。
しかし、そういった研究を、学術研究の場で作り出すことは難しい。ゲーム自身を厳格に作った上で、その中で複雑な身体と内面を持つキャラクターが世界と相互作用するという場、それがハイエンドなゲームAI のフィールドです。ゲームを作ることは莫大な費用がかかりますし、そのプロトタイプを作ることも、また同様です。ノウハウも必要です。そして、そこにこそ、魅力的な未解決なゲームAI の問題がたくさん残っている。僕はそこに、人工知能の研究者に参加して貰いたいと考えています。しかし、それは色々な事情で難しい。例えば、あるタイトルにだけ参加して欲しいと思っても、長い時間の束縛が必要になる。人工知能の問題だけを外に出すことは難しい。囲碁や将棋のAI と違って、デジタルゲームのAI はゲームの一部であり、ゲームの形成と共に作られて行くものだからです。
デジタルゲームのAI は比較的新しい分野です。一般的に「ゲームでは昔からAIがあるじゃないか」という意見もありますが、学術から見てAI と言えるレベルになったのは、この15年の話です。

※6オントロジー工学(ontological engineering):知識工学において物事の概念的体系を扱う分野。人工知能の抽象的認識を実現させる技術として今後キャラクターAI でも重要となるだろう。オントロジーをサポートするミドルウェアもある。
※7プレイヤーの体験の中に人工知能を顕在させる:プレイヤーがゲーム体験の中で知能をどのように感じ取るか。

―― ゲームの歴史の中でも、まだ15年くらい……。

三宅:そうですね。それまではどっちかというとAI はプログラムのほんの一部でした。プレイヤーにとってはAI と見えていても、技術的にはAI と言えるようなものではないという見解があります。これは自分の知る限り、日本のゲーム開発者の共通見解です。現在でも、自分の作っているAI が単なるプログラムに過ぎず人工知能などとは言えない、という意見をよく聞きます。極端な意見だとは思いますが、それ程、AI はゲームシステムやゲームプログラムの一部として混在した形で内側に取り込まれていたということですね。
例えば、AI がプレイヤーの1m 以内に入ったら攻撃してくるという制御は一行で書けてしまいますが「それはAI なのか?」と言うと、確かにゲーム内の役割としてはAI ですが、技術から見ると、他の仕掛けオブジェクトやイベントと区別がない。AI を特徴づける技術が入っているわけではない。基本的に場合分けとイベントトリガー的制御の組み合わせでゲームAI が成り立って来たのが、80年代、90年代、そして今でもこの伝統は残っています。これは技術の話ですが一方で、たとえそれが技術的に普通のものであっても、ゲーム産業では、キャラクターのことをAI と呼んできました。
このあたりの事情は少し複雑です。ゲーム業界では、技術的にはたいしたことないと思いながらAI という言葉を使い続け、学術から見るとゲーム業界はAI という言葉を使っている以上、何らかのAI 技術を継続して利用して来たはずだ、という誤解です。ゲーム開発者は現象から見るし、学術は技術から見る。その点が産と学の断絶があったところです。
また、ゲーム開発者から見ると、「プレイヤーがAI と思えばAI」という極論を常に持っている。学術からは人工知能技術がそこにあるかどうかを見る。重心をどちらに置いているかの違いです。仕掛けの側なのか、効果の側なのか。
まとめると、ゲーム開発者は技術的にはAI 技術ではないけれど、プレイヤーの前にAI として顕れる限りAI である。学術側は、ゲーム開発者がAI であると言う限りは、そこに技術的背景があるはずだ、と思う。

―― エンターテインメントにおけるAI の特徴は何でしょう?

三宅:商業デジタルゲームAI は常に客観世界から主観世界へ向かって作られます。エンターテインメントである以上、最後はプレイヤーの主観世界に飛び込んで行くわけです。ところが、CGのように視覚で明確に判断できるわけでないので、その効果が見えにくい。CG では、よりリアルだとか、より自然な毛並みだとか、より水面っぽいとか、そういった評価を比較的客観的に下すことができます。しかし人工知能を主観的に感受する言葉は不足しています。エンターテインメントにおけるAI を学問として整理して行くには、主観的に人工知能を感受した時の感覚を明確に表現する言葉が必要です。「人間らしい」「人間らしくない」「賢い」「賢くない」……でもいいでしょうが、もっと知能というものの性質を詳細に表現して行く言葉が必要です。これは、これからの課題でしょう。
また、人工知能を味わうという訓練もほとんどの場合されていません。もちろん、ゲームですから楽しみ方はプレイヤーに委ねられていますが、楽しみ方を提供するのも娯楽を提供する側の役割です。AI に長く携わっていると、知能に対する感覚が育まれていきます。そういう感覚を持っていると、そのAI が持っている知能がどんな感じか、ということが感覚的にわかって来ます。さらに、いろいろな種類の知的側面を区別して感じることができるようになります。それは誰でも多かれ少なかれ先天的に持っている感覚です。そういった感覚をひきだすゲームが作れたら、ゲームにおける人工知能は、これまでにないゲームの楽しみ方の一大フロンティアを獲得することができます。

―― デジタルゲームAI の特徴として主観性の問題があると。

三宅:プレイヤーのゲーム体験にとってそのAI が効果的かどうかというのは非常に主観的な問題です。ゲーム開発者が欲しいと思っているのは、実はその主観世界の科学なのです。こういった仕掛け=アルゴリズムを入れたから、プレイヤーにはこう感じるとか、ゲーム全体がこう見えるとか。つまり、「ゲームAI とはプレイヤーの主観世界に顕れる人工知能という感覚と、それを産み出す仕掛けの間の非自明な対応関係を見出し実現すること」です。これはゲームAI が科学として出発するための基本となる命題の一つです。 ゲームはまずプレイヤーのゲーム世界への没入感※8 を前提とします。どんなにいいAI を作っても、プレイヤーがゲーム世界に没入していない限り、AI がリアリティを持つことはあり得ません。没入した世界の中でプレイヤーはAI に出会います。「仮想空間※9 の中に没入したプレイヤーに、AI とのインタラクションを通して相手の知性を感じさせる」というのが、ゲームAI の課題なのです。

※8没入感:英語では immersive という形容詞がよく使われる。
※9仮想空間:本インタビューでは「デジタル空間の中の現実と似た世界」、ゲームや仮想二次元、仮想三次元空間という意味で使う。

―― アカデミック側からすると、AI はどのように定義付けられているのでしょうか。

三宅:AI といった場合に、一般的に想起するのは1個の「総体」ですね。つまり、ほとんどキャラクターとかロボットとか生命と同じ意味で使っている。それは広い意味では正しいです。
ところが、学術で「人工知能」とは何か、ということは非常に難しい問題で「人工知能基礎論」という分野があるぐらい議論が続いています。それは科学と哲学の双方が混在する問題です。ところが、これは当分終わりのない議論です。そして「人工知能基礎論」自身が一つの研究分野として相対化され、他の分野はこの問題になるべく触れないで技術的探究を続けるということになっています。人工知能の研究とは工学的研究を大きく展開しながら、同時にその基礎を深く掘り続ける、という分野です。しかもそれぞれが独立ではなく、高い応用の果てに人工知能の本質的な深い問題を見出すこともあれば、深い基礎的な反省が新しい高いイノベーションを起こすこともあります。それが他の工学とは全然違う大きな特徴です。
ここで少し昔の話をします。00年以前のことだと思ってください。人工知能の研究は、非常に細分化されていたとも言えます。遺伝的アルゴリズム※10 だとか、ニューラルネットワーク※11 だとか、マルチエージェント※12 だとか、つまり1つのAI 技術分野では、「遺伝的アルゴリズムをこう変えるともうちょっといい効果を生み出します」「ニューラルネットワークの組み合わせをこうやると実はこんな学習ができますよ」とか、それはすごく技術的な発展の筋道が見えやすくて論文にもなりやすい。今でもそういった分野があります。ところが、ニューラルネットワークを、ロボットとかキャラクターという1つの総体として研究しようとすると、学術側は「それ、研究なの?」という部分が出て来る。学問というのは決してコンテンツベースでは動かないものです。分野を区切ることで各分野を発展させて行く。例えば文字認識はテーマになっても読み書きをするロボットの総体を研究することはテーマになりにくい。そういったロボットを作っていても論文は各技術単位で書く。逆に、僕たちゲーム開発者はそういった「全体的なもの」が欲しい。産業と学術には、そういう齟齬が発生しやすい。

※10遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithm):AI の集団を考える。各個体に遺伝子(数値列)を与え、その数値列が各個体を特徴付ける。集団は各個体同士の配合(遺伝子を切り合わせる)を通じて発展して行く。集団の発展のみならず、最適化問題など汎用的なアルゴリズムとして使われる場合も多い。遺伝的プログラミングは、これをプログラム領域に拡張したもの。ゲームにおける遺伝的アルゴリズムの応用はMat Buckland, "AI
※11ニューラルネットワーク(Neural Network):人間の脳の回路を模したネットワーク状の回路による計算モデル。キャラクターAIではパーセプトロン型と言われる一方向に限定したネットワークが使われる場合が多い。
※12マルチエージェント(multi-agent):複数のエージェント(役割を与えられた自律型人工知能)を組み合わせて、集団としての知能を獲得する技術。研究では一つ一つの知能はかなり限定され多数を組み合わせる場合が多いが、デジタルゲームではかなり自由度の高い自律型エージェントを少数組み合わせる場合が多い。

―― 最近は変化しつつある?

三宅:しかし、最近では世界的に見て、そういった1つの全体のシステムも研究として認めましょうという動きが出て来ています。また同時に専門領域を解決するAI から、現実全体を認識させようという動きも出て来ています。それだけ人工知能という分野が成熟し次の段階に行こうとしているのだと思います。また各問題分野に限定して発展して来た人工知能に対する批判※13 もあります。
同時に、人工知能発祥の各技術は情報処理の分野に吸収されてしまって、新しいアイデンティティーを求めているとも言えると思います。人工知能が見つけた問題も、いつしかアルゴリズムの問題に置き換えられてしまうという傾向があります。しかし、人工知能には依然として知能とは何か、意識とは何か、という根本命題があります。その問題は他のいかなる工学に還元することはできません。普段は隠れていても、この命題は中心的なコアとして、人工知能分野を内側から強い引力によって形成せしめているのです。
エンターテインメントにおけるAI という分野も徐々に発展しています。ゲームAI の技術レベルが上がって来たのはやはり、キャラクターが3次元空間に直面せざるを得なくなった90年代前半で、学術との融合点が見えてきたのも95年あたりです。そのムーブメントは最初にアメリカから、一つはMIT メディアラボ※14から始まって、次にヨーロッパ、そして、この2000年代後半になって日本でも、という流れになります。MIT メディアラボの博士論文などを読んでいると、実に90年代中盤から仮想空間とキャラクター(人工知能)という研究テーマが出て来て驚きます。こういった土壌から、Synthetic Characters Group※15 の仮想空間におけるバーチャルペットのAI の研究が始まり、この成果がGDC2001で発表されて00年代のキャラクターAI の基礎になっていきます。

※13批判:ミンスキーの批判(Marvin Minsky) 2003年にボストン大学で行った講演で、全体として一つの自律型AI を構築する研究が進んでいないと批判した。
※14MIT メディアラボ:MIT Media Lab. 常に新しい分野を大きく切り拓くことを目指す世界的に有名な研究所。
※15Synthetic Characters Group:2004年までMIT Media Lab にあった仮想空間内のキャラクターAI を研究するグループ。Alpha Wolf, Duncan など、人間とマイクを通じてコミュニケーションをとりながら仮想空間の中で学習して行くエージェントの研究を行った。2001年にGDC で行った講演「CreatureSmarts: The Art and Architecture of a Virtual Brain」は、それ以降のキャラクターAI の製作の新しい出発点を与えた。特にC4アーキテクチャを通じてキャラクターAI 分野にアーキテクチャという思想を持ち込んだことはデジタルゲームの人工知能の歴史的において非常に重要。この研究室からは後にHalo2、Halo3のAI システムを設計する DamianIsla 氏を輩出した。

―― 日本ではどうでしょうか?

三宅:日本でも、決して多くはありませんが、学術でデジタルゲームのAI を研究している方はおられます。世界的に見て(全体としての)研究の台頭の流れが日本は比較的遅れてきました。これは日本の研究の流れの中でデジタルゲームのAI の位置づけが弱いせいで、それが世界的に見て遅れとなって現われているのだと思います。海外の産学の連携事例を見ていると、お互いの能力と特徴を活かしながら、別々にやっていたのではできなかったような高度なレベルの技術を達成しています。特に、Bioware ※16 とアルベルタ大学ゲームズグループ※17は、Neverwinter Night( NWN)、Dragon Ageなど社を代表する大作ごとに共同で技術を開発してきました。NWN ではScriptEase ※18 と呼ばれるシナリオ製作ツールを作成しました。このエディターは同社のそれ以降のタイトルのシナリオ作成ツールとして発展され使用され続けています。同時に大学にとっても重要な研究ツールとして長く使用され、数々の論文を産み出しています。さらにDragon Age では、パス検索システムの研究成果をタイトルに組み込みました。この論文※19 はゲーム発売に2年も先だって発表されました。
このように「デジタルゲームにおける人工知能」の産学協同には、もしうまく行けば、双方に大きなメリットがあります。企業は社内で賄い切れないが重要な技術を大学に開発して貰うことができ、大学の研究室は実際の世に出す製品に自分の技術を組み込むことができます。そういった事例の積み重ねは、ゲームAI という研究分野を発展させ、多くの研究者の参加を産み出し、成果が積み重ねられ、優秀な学生を育てます。それはゲーム産業にとってとても重要なことです。
日本におけるゲームAI の産学協同事例は殆どありません。しかし日本はゲームデザインの宝庫です。ゲーム産業はその気になれば、世界にも類を見ないほどの問題を学術側に提供することができます。そういった事例を協力して一つ一つ探究して成果を積み重ねて行けば、日本のゲームAI 研究と開発は必ず世界一になれると信じています。産と学はお互いにがお互いのための役立てるのです。その可能性をあきらめてはなりません。

※16Bioware:カナダのゲーム開発会社。「Neverwinter Night」シリーズ、「Dragon Ags」シリーズ、「Mass Effect」シリーズなど数々のヒットシリーズを持つ。アルベルタ大学と共同で高い技術を開発・保持している。
※17アルベルタ大学ゲームズグループ (The University of Alberta, Games Group):アナログ・デジタルを問わずさまざまなゲームにおけるAI 研究を推進するグループ。Bioware と共同して、タイトルに組み込む技術や開発ツールを研究する。シナリオツールを発展させたScriptEase や、Dragon Age に組み込まれた省メモリパス検索システムなど。
※18ScriptEase:アルベルタ大学ゲームズグループが開発したNeverwinter Night シナリオ製作ツール。このツールは以降、Bioware の各タイトルのシナリオ製作、ローカライズ作業、音声編集に活用され続けると同時に、同研究室のデジタルゲーム研究で重要なツールとして活躍している。
※19この論文:Nathan Sturtevant,"Memory-Efficient Abstractions for Pathfinding", AIIDE-2007.

――「 AIが基礎を構築しながら応用を展開する」とすると、ゲームのAIも人工知能の基礎に貢献するのでしょうか?

三宅:先にも述べましたがAI は基礎が難しい。それは人工知能という学問が持つ特有の形であって、数学や物理みたいな基礎から積み上げるのではなくて、応用しながら基礎を固めるという分野です。
それはゲームAI にとっても同様で、デジタルゲームには40年の歴史がありますけれども、ゲームAI というのはその歴史を通じて、実は「そもそもゲームAI とは何か」というのを同時に探求しているという状態でもあります。それが人工知能一般と同様にゲームAI においても特徴的な部分です。他にもゲーム業界で研究されているCG やアニメーションの分野と違うところです。一見、すごくとっつきやすそうに見えるのですが、一歩入るとすぐにわかりにくくなってしまう。軸が確定しづらいので、明確な方向を見失ってしまうのですね。その辺の部分を徐々に整備しながら応用事例を増やしていくというのがゲームAI という分野のミッションかなと思っています。
そのためには、ゲーム産業は自分たちがやっていることを明確に外に打ち出していくことが必要です。情報を外に出すことは、単に各企業のステータスを上げるという以上に、研究機関や大学の研究と結びついて行く可能性を獲得することです。そうすることによって、ゲーム開発技術は大きく質を向上していかねばなりません。そのためにゲーム産業は「デジタルゲームにおける人工知能」という分野を探求し言葉にして説明していかねばなりません。

このインタビューの続きは、書籍「デジタルゲームの技術 開発キーパーソンが語るゲーム産業の未来」でご覧いただけます。

デジタルゲームの技術 開発キーパーソンが語るゲーム産業の未来

著者 松井 悠
仕様 A5版 336頁 1色
定価 2,730円
出版 ソフトバンククリエイティブ
筆者紹介/ 編集部 (gamer's express)

『デジタルゲームの技術』出張編

「デジタルゲームの教科書」シリーズ第2弾として発売される、『デジタルゲームの技術 開発キーパーソンが語るゲーム産業の未来』に収録されている全9人のインタビューの一部をご紹介していきます。
  • インタビュー
  • 連載

ファイナルファンタジーXIIIに搭載されたサウンド システム「MASTS」から見るサウンドの現在

2011年7月にソフトバンククリエイティブから発行された『デジタルゲームの技術 開発キーパーソンが語るゲーム産業の未来』。全9人によるインタビュー集となるこの書籍の内容を抜粋してお届けしていきます。

  • インタビュー
  • 連載
  • 開発

アーティストとプログラマーの橋渡しを行うテクニカルアーティスト

2011年7月にソフトバンククリエイティブから発行された『デジタルゲームの技術 開発キーパーソンが語るゲーム産業の未来』。全9人によるインタビュー集となるこの書籍の内容を抜粋してお届けしていきます。

  • インタビュー
  • 連載
  • 開発

ゲーム開発現場で活用できる「プロジェクトマネジメント」の手法

2011年7月にソフトバンククリエイティブから発行された『デジタルゲームの技術 開発キーパーソンが語るゲーム産業の未来』。全9人によるインタビュー集となるこの書籍の内容を抜粋してお届けしていきます。 第7回は、ゲーム開発現場で活用できる「プロジェクトマネジメント」の手法と題して、株式会社スクウェア・エニックスCTO/ テクノロジー推進部 コーポレートエグゼクティブ/ ファイナルファンタジー XIV テクニカルディレクター橋本 善久さんのインタビューを掲載します。

  • インタビュー
  • 連載
  • 開発

「チューチューロケット!」から始まった、 セガのネットワークゲーム

第5回目となる今回は、「チューチューロケット!」から始まった、セガのネットワークゲーム、と題して行われた、節政 暁生 氏(株式会社セガ)のインタビューをお届けします。

  • インタビュー
  • 連載
  • 開発

技術の進化とともに変革を遂げてきた キャラクターアニメーションの現在

第4回目となる今回は、「技術の進化とともに変革を遂げてきたキャラクターアニメーションの現在」と題して行われた、金久保 哲也 氏(株式会社バンダイナムコゲームス)のインタビューをお届けします。

  • インタビュー
  • 連載
  • 開発

ミドルウェアの過去、現在、そして未来

第3回目となる今回は、「ミドルウェアの過去、現在、そして未来」と題して行われた、株式会社KH2Oの大前広樹さんのインタビューをお届けします。

  • インタビュー
  • 連載
  • 開発

CEDECを通じて日本のゲーム開発者に伝えたいこと

第2回目となる今回は、 株式会社スクウェア・エニックス チーフ・テクノロジスト/CEDEC 運営委員会 委員長 の吉岡直人さんのインタビューを掲載します。

  • PS3
  • 360
  • インタビュー
  • 連載
  • 開発

「神作画」への挑戦 ~「NARUTO-ナルト- 疾風伝  ナルティメットストーム2」~

2011年7月にソフトバンククリエイティブから発行される予定の『デジタルゲームの技術』から内容を抜粋してお届けするこのコーナー。今回は、株式会社サイバーコネクトツーの竹下勲さん、渡辺雅央さんのインタビューをご紹介します。

関連記事

この記事に対する反応

Negitaku.org
左右ボタン・マウスホイール・左右キーで選択、画像クリックでズーム(可能なら)、×アイコン・ESCキーでクローズ