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『デジタルゲームの技術』出張編

「チューチューロケット!」から始まった、 セガのネットワークゲーム

松井 悠(編集部) 2011-08-02
『デジタルゲームの技術』出張編

2011年7月にソフトバンククリエイティブから発行された『デジタルゲームの技術 開発キーパーソンが語るゲーム産業の未来』。全9人によるインタビュー集となるこの書籍の内容を抜粋してお届けしていきます。

第5回目となる今回は、「チューチューロケット!」から始まった、セガのネットワークゲーム、と題して行われた、節政 暁生 氏(株式会社セガ)のインタビューをお届けします。

「チューチューロケット!」から始まった、セガのネットワークゲーム

日本の家庭用ゲーム機において、本格的なネットワークゲームの波がやってきたのは、1998年にセガ・エンタープライゼス(当時)が発売したドリームキャストから、といってもいいでしょう。
同社がリリースした、「チューチューロケット!」や、「ファンタシースターオンライン」において、セガのネットワークゲームのベースとなる技術を構築したのが、株式会社セガ第三CS研究開発部でテクニカルディレクターを務める節政さんです。
日本のネットワークゲームの黎明期から歴史はどのように始まってきたのか、これからのネットワークゲームはどのように開発されていくのかについてお話しいただきました。

プロフィール

株式会社セガ 第三CS 研究開発部 テクニカルディレクター
節政 暁生 せつまさ あきお

1993年にセガ入社。「ナイツ」「バーニングレンジャー」等のソニックチームタイトルに関わる。「ファンタシースターオンライン」でメインプログラマーを担当。その後も「ファンタシースター」シリーズ全般で主にネットワーク周りを担当している。

セガのネットワークゲーム黎明期から現在まで

天体望遠鏡を買わずにパソコンを買ったから現在がある

―― それでは、節政さんのキャリアからお伺いしていきます。

節政:プログラムを始めたのが中学生2年くらいからですね。その当時、まだ8ビット機だったんですけど、PC-6001mkII ※1 というのがありまして……。
たまたま読んだ本がプログラムの本だったんですけど、本を読んで、パソコンがおもしろそうだと思って。そこから始めたのがきっかけですね。なので、わりと古いと言えば古い時代ですね。
本当はパソコンじゃなくて天体望遠鏡を買う予定だったんですけど、たまたまその本を読んでパソコンに変わったみたいな感じで。

※1PC-6001mkII:NEC が販売していたパーソナルコンピューター、PC-6001の後継機。1983年発売。

―― 随分、人生の転機が早い段階で訪れましたね。

節政:あのとき、望遠鏡を買わなくてよかったなと(笑)。

―― そのころは、ほぼ独学でプログラムを学んでいたんでしょうか。

節政:そうですね。あの当時は、パソコンといってもゲームを遊ぶというよりは雑誌を見て「ゲームを打ち込む」というパターンが多かったですね。

―― 当時、プログラミングコンテストに参加されたことはありますか?

節政:いくつかの学生コンテストに応募したことがあったんですけど、それは受からなかったので行けなかった。それ以外は、自前で作っていましたね。 当時は、発表する場がそもそもあまりなかったんですね。雑誌に投稿するくらいで。その後、同人ソフトがはやりはじめたのが大学生になったころで、そのころ、みんながゲームを作って発表する場ができたという感じだと思いますね。

―― そのころははもうBASIC で?

節政:高校時代のときにはけっこうアセンブラで書いていました(笑)。当時、『Oh!X※2 』という雑誌があったんですけど、読むと必ずOS が載っていたんです。OS をまず打ち込んでOS を完成させて、次、アセンブラを打ち込んでアセンブラを完成させて、次、コンパイラを打ち込んでコンパイラを完成させて、ようやくゲームを組めるみたいな。
なので、OS そのものが丸見えだった時代ですね。ソースコードを見て、あとダンプリストを見て打ち込んでという時代だったので。

※2Oh!X:ソフトバンク(当時)より発行されていたパソコン情報誌。

―― 大学は機械工学系、プログラミング系に進まれたんですか?

節政:大学は全然関係ないところに行きました。高校のときはそんな感じでもうやっていたので、大学でやらなくていいかな、と思って。大学に関しては化学を専攻していた。実験とか面白いし、コンピュータは自分でやっているのであんまり大学で教わらなくてもいいかなという感覚があったんですね。卒業後は、セガに入社して、現在に至る、と。

300bps で通信を行っていた高校時代

―― PC ネットワークに初めて触れたのはいつごろからなんでしょうか。

節政:高校生くらいのときにパソコン通信というのがあって、今のインターネットとは違って、個人の家に電話局とパソコンが置いてあって、そこに直接電話をかけてつなぐというタイプなんです。それをやっていろいろ情報を集めたり、仲間を集めたりしていました。大学時代はパソコン通信が一番はやっていた時代ですね。80年代終わりから90年代前半くらいがそんな感じでした。
最初は、もう300bps というスピードの、黒い電話に直接つなぐみたいな、そんな時代だったので、字がテロテロテロッと流れてくるくらいの遅さだった。一画面出すのにどれくらい時間がかかるんだという、そんな時代でしたね。

―― 日本のネットワークの黎明期もいいところですね。

節政:そうですね。その後、2,400bps のモデムになったときはすごく感動した(笑)。
それから、自宅でBBS とか開いていたこともあります。自前でそういうソフトをPC に入れて立ち上げておくと誰か電話をつなぎに来るみたいなやつですね。

―― そのときのコミュニティって何人くらいだったんでしょうか。

節政:数十人レベルの小さいものなので、ほんとに電話番号を知っている人しかわからないみたいな感じですね。あと、有名なところがいくつかあって、シャープが公式でやっているところでは、シャープのパソコンを持っている人が集まって、みんなで議論するとか、そんな感じでしたね。

―― ご自宅でBBS を持っていらっしゃる方というのは、当時は多かったんですか?

節政:あまり多くないと思いますね、ほんとにマイナーだったので。結局は、そういうのもだんだん大手が幅をきかせてそっちに集結していくみたいな感じになっていたんですけど、それでけっこういい仲間が集まっていまして、そうした人たちにプログラムを教えてもらっていたというのが実情ですね。 わからないことがあるとけっこう答えてくれるみたいな感じで、今のインターネットみたいに誰もが知っているという状態ではなかったので、そういうところで聞ける時点で、けっこう優位に立てたんじゃないかなと思っています。

ゲーム開発者としてのキャリア

―― 大学を卒業して、入社されたのが93年で、その当時はメガドライブ※3 ですね。

節政:メガドライブです。その次に、スーパー32X ※4 で、「バーチャファイター32X※5 」を作ったのが95年。
32X のころは、そもそもポリゴンを書く機能がないんです。だから、自分で線を引いて三角形を書くというとからまずスタートしました。同じくスーパー32Xでリリースした「メタルヘッド※6 」というのは、さらにこれをテクスチャーマッピングしていたので、テクスチャーを自分でマッピングするところまでかなりやる。そこは先輩が書いていましたが。

※3メガドライブ:セガ・エンタープライゼス(当時)が、1988年にリリースした家庭用ゲーム機。
※4スーパー32X:メガドライブ用の周辺機器として、1994年にセガ・エンタープライゼス(当時)が発売。
※5バーチャファイター:世界初の3D 対戦格闘ゲームとして、1993年に稼働したアーケードゲーム。
※6メタルヘッド:1995年に、スーパー32X 専用タイトルとして、セガ・エンタープライゼス(当時)が発売。

―― このあたりは、もうずっとアセンブラで。

節政:アセンブラですね。実は、弊社はアセンブラを使っていた期間が長くて、セガサターン※7 まではずっとアセンブラなんです。セガサターンで、さすがにそろそろC 言語を使っていいんじゃないですかって、その当時の上司に「使っていいですか」と言ったら「だめだ」と言われた(笑)。「C 読めないからやめろ」みたいな、そういう時代だった。

※7セガサターン:セガ・エンタープライゼス(当時)が、1994年にリリースした家庭用ゲーム機。

―― セガサターンで「ナイツ※8 」と「バーニングレンジャー※9 」があって、そこからドリームキャストの世代に入って、節政さんが初めてネットワークゲームに携わったのが……。

節政:「チューチューロケット!※10 」ですね。どちらかというと、このドリームキャストの機械を作るときに、「次にゲーム機には一体何が必要だろう」と社内でミーティングをやっていて。その中で「次はネットワークだろう」というのがすごく大きくて。その中で、ネットワークゲームを作らなきゃいけないねという話になって、これを作らせてもらったという感じなんですね。

※8ナイツ:1996年に発売されたアクションゲーム。
※9バーニングレンジャー:1998年に発売された3D アクションゲーム。
※10チューチューロケット!:1999年に発売されたアクションパズルゲーム。

―― ハードウェアの設計の段階で節政さんが携わっていたということでしょうか。

節政:開発全員からそういう意見は募集していました。だから、ここまではほんとにネットワークは全然知らなかったというのが実情です。
余談ですが、1997年くらいに、「Diablo※11 」にすごくはまりまして(笑)。それまで、RPG というと、日本のゲームがストーリーを見せるスタイルにシフトしている中で、ネットワーク対応のDiablo がRPG の原点でありながら全く新しいものを見せてくれた、という感じがあって、すごく感動したのを覚えています。

※11Diablo:1997年にBlizzard Entertainment 社から発売された、アクションRPG。

―― お仕事では携わっていないにしても、そういったネットワークゲームにご自身で触れてはいたと。

節政:はい。1998年には、Blizzard 社に遊びに行ったこともあるんです。上の人たちは「ドリキャスにぜひそういうネットゲームを作ってくれませんか」みたいな交渉をしにいっていて、我々はそのおまけで。
Blizzard 社の技術者とちょっと話ができるよ、ということで行ったんですが、そのときはネットワークのことがよくわからなくて、何を聞いていいかわからなかったという……。
サーバーはどういうOS でどうやっているのとか、チョコチョコ聞いたのでけっこう答えてくれていたんですけど、あのときもっといろいろなことが聞けるくらい知識があれば……もったいなかったですね。

―― 当時、ネットワークの勉強をしようとしてもあまり教材がなかったわけですか。

節政:書籍からしてなかったですね。そもそもインターネットを一般人が使えるようになったのはWindows 95からくらいの勢いじゃないですか。それまでは、ほぼないに等しい状態だったので。
パソコン通信からインターネットに変わるのかなという、それくらいの感覚の時期だったんですね。まだニフティサーブを使っている人が多かったんじゃないかなと。

このインタビューの続きは、書籍「デジタルゲームの技術 開発キーパーソンが語るゲーム産業の未来」でご覧いただけます。

デジタルゲームの技術 開発キーパーソンが語るゲーム産業の未来

著者 松井 悠
仕様 A5版 336頁 1色
定価 2,730円
出版 ソフトバンククリエイティブ
筆者紹介/ 松井 悠 (編集部)
フリーライターとして1996年より活動。得意なゲームジャンルは、Player VS Playerのゲーム全般。 デジタルゲームを競技として捉える「e-sports」の普及のため、IGDA日本デジタルゲーム競技研究会世話人、世界最大のデジタルゲーム競技大会World Cyber Games日本プロデューサーや、中韓政府主催のInternational E-sports Festival日本プロデューサーを務める。 2011年より、オンラインゲーム「C9」公認ナビゲーター。2012年より、「Red Bull 5G」プロジェクトアドバイザー。近著に「デジタルゲームの教科書」、「デジタルゲームの技術」(いずれもソフトバンククリエイティブ刊)。

『デジタルゲームの技術』出張編

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