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ゲームの果て

第1回 連載にあたって

三宅陽一郎(ゲームAI開発者) 2013-01-04
ゲームの果て

こんにちは。三宅です。僕は日本の東京でゲーム開発、特に人工知能を専門にしています。まずおことわりをしなければならないのですが、この連載は個人として書いているもので自分のいかなる公的な立場とも関係しないものです。

さて、この「ゲームの果て」という連載は、2011年の最初に、このサイトを主催する松井さんと相談して企画したもので、特定のテーマに縛られず、デジタルゲームとそれを取り巻く状況をエッセイの形でまとめて行こうとスタートした企画です。しかし自分と世界のさまざまな状況があり、思えばスタートを2年も引き伸ばしてしまいました。ちなみに「ゲームの果て」のロゴ自体は散々自分がこだわって2年前に本サイトの優秀なデザイナーさんに作って頂いたもので、たいへん気に入っています。松井さんとデザイナーさんには深く感謝します。そして開始が遅れてしまったことを申し訳なく思う次第です。これからの連載をもって償わせて頂きたいと思います。

ゲームの果て」とはなんでしょうか?今、デジタルゲームは次の時代へ向けて大きな変革期にあります。ある部分ではある程度先が見えていますが、ある部分ではまったく先が見えない、という状況にあります。また、それに限らず、デジタルゲームを愛するものなら、長い目で、10年、20年、…100年と、これからデジタルゲームが進化して行く姿を見てみたい、と思わずにはいられません。デジタルゲームが持つ可能性を知り、デジタルゲームの進化の方向を予想し、その予想に基づいて実際にデジタルゲームの歴史を作って行くために何らかアクションを起こしたい、そのためには、現在のデジタルゲームが持つ「可能性の果て」にまでたどり着き、そこから新しい出発点を見出したいと思う、そんな願いをこめて、このエッセイの題名を「ゲームの果て」としました。だからデジタルゲームの「果て」の意味は同時に「新しい出発点」でもあるのです。

本エッセイが扱うのはデジタルゲームをめぐるあらゆる状況です。コンテンツ、研究、技術、社会、など、デジタルゲームをめぐる広範な領域から、毎回小さなテーマを一つ一つ取り上げて、その「果て」まで考察を加えて行くことで、そこで何らかの発見をし、その発見に基づいて、次の時代へ、或いは、ずっとずっと先のデジタルゲームの未来へ続く道を探したい、その未来へ至るためのアクションを定義したいと思っています。

このエッセイでは毎回、内容とは関係のない写真が付きます。それはこれらのエッセイが僕がさまざまな街を歩きながら考え出したものだからです。それでは、皆さん、よろしくお願いします。

本連載は個人として発信されているものであり、所属する団体等とは関係ありません。
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ブログ 「y_miyakeのゲームAI千夜一夜」(http://blogAI.igda.jp)
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筆者紹介/ 三宅陽一郎 (ゲームAI開発者)
1975年、兵庫県生まれ。京都大学で数学を専攻、大阪大学で物理学(物理学修士)、東京大学工学系研究科博士課程(単位取得満期退学)。2004年からゲーム業界で人工知能の研究・開発に従事。IGDA日本ゲームAI専門部会設立(世話人)、日本デジタルゲーム学会(研究委員)、CEDECアドバイザリーボード。ACM、IEEE Computational Intelligence Society、AAAI、人工知能学会会員。共著『デジタルゲームの教科書』『デジタルゲームの技術』(ソフトバンク クリエイティブ)、翻訳書『ゲームプログラマのためのC++』『C++のためのAPIデザイン』(ソフトバンク クリエイティブ)監修。「はじめてのゲームAI~意思を持つかのように行動するしくみ~」(WEB+DB PRESS Vol.68 技術評論社)論文、講演資料はWebブログを通じて公開している。

ゲームの果て

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第7回 ゲームにおけるキャラクターAIの賢さとは何か?

小説は現実と違います。しかし人間は文字を読みながら想像し、文字からでさえ、体験を作りだすことができます。虚構に現実感を与えるのは人間です。

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第6回 移り行くデジタルゲームの意味

デジタル世界の中で、どこにもつながらない閉じた世界と、どこかにつながって行く世界、この二つが乖離する以上、デジタルゲームはかつてのようなデジタル時代の予行演習(=ゲーム)の意味を完全に失っているのです。

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第5回 グローバリズムとローカリズム

グローバリズムには二つの考え方があります。一つは、世界で共通のスタイルを策定して、それにのっとって物事を進めようという考え方です。

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第4回 二つの世界

僕の故郷は瀬戸内海に面した小さい街ですが、とても美しい街です。この街からは空がとても美しく見えます。僕は中学も高校も大学も勉強と研究に明け暮れて、一人でいることが多かったですが、眺める空はいつだって、僕を科学的空想やファンタジーの世界に誘ってくれました。

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第3回 ゲームの価値は。

「かつてテレビゲームの価値は自明だった」 と言うと、少し大袈裟に聞こえるかもしれません。しかし、僕たちの世代は、ちょうど小学校3年生を境に、テレビゲームのあった時代となかった時代の境界を生きた世代です。だから、テレビゲームが拓いてくれた世界の広さを身をもって体験した世代です。

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第2回 何のためにゲームを作るか?

デジタルゲームは食べ物でも、自動車でもありません。この世界のインフラではありません。エンターテインメントであり、時に芸術でもあります。この二つである限り、ゲームは常に自分自身のアイデンティティを自分自身で問い続け証明しなければならない運命にあります。

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