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人間の知覚や体験をゆさぶるARG・SRがゲームAIと交錯する世界とは? クロスボーダー「AI×認知」パネルディスカッション

小野憲史(ゲームジャーナリスト) 2013-09-16

■人間の知覚や体験をゆさぶるARG・SRがゲームAIと交錯する世界とは? クロスボーダー「AI×認知」パネルディスカッション

ゲームは技術進化と共に形を変えながら発展するエンタテインメントです。しかし昨今ではAAAゲームとカジュアルゲームに業界が二極化され、「それ以外は作っても売れないから考えるだけ無駄」と、次世代機発売前夜にして早くもゲームの「カタチ」が定義されつつある・・・そんな感もあります。

しかしエンタテインメントには本来、無限の可能性があるはずです。そして、その大きな鍵を握るのが、人が外界をどのように認識するかという「認知」の問題です。人の認知をテクノロジーで自在に操り、演出できるとすれば、そこに新しいエンタテインメントが誕生するでしょう。

そこで現状の停滞感を払拭し、10年・20年先のコンピュータエンタテインメント像を議論することを目的に、CEDEC初日の8月21日にクロスボーダー「AI×認知」パネルディスカッションが開催されました。モデレータを務めたのはスクウェア・エニックスのリードAIリサーチャー三宅陽一郎氏。パネリストはラ・シタデールLLC.の竹内ゆうすけ氏と、独立行政法人理化学研究所研究院の脇坂崇平氏です。

竹内氏はARG(Alternate Reality Game:代替現実ゲーム)デザイナー、脇坂氏はSR(Substitutional Reality:代替現実システム)の研究者として、共に第一線で活躍されています。パネルディスカッションではゲームAI・SR・ARGのそれぞれの立場から、認知面から見た人と世界のかかわり方や、新しいエンタテインメントのビジョンについて議論がくりひろげられました。なお本セッションに先だってツイッター上でラウンドテーブルも実施されています(http://togetter.com/li/550416)

はじめに竹内氏・脇坂氏からARGとSRについて説明がありました。ARGはゲーム機のようなデバイスに依存せず、広くは遊園地のお化け屋敷や、流行の「脱出ゲーム」のように、人間の五感に訴えかけて非日常を楽しむ「体験型エンタテインメント」のひとつ。中でも自分が登場人物になって物語体験を楽しむジャンルです。2002年に映画『AI』のプロモーションとして実施された『The Beast』が先駆けとされています。ラ・シタデールLLC.でも映画『BLOOD-C The Last Dark』』の公開にあわせて、ARGによるプロモーション『SIRRUT.NET』を手がけています。

竹内氏はARGの魅力に「現実と仮想世界の境界があやふやになるように感じられる」点を上げました。映画の主人公から手紙が届いた、同封の暗号を解くとウェブサイトにログインできた、そこでは架空の組織が世界を守るために暗躍しており、プレイヤーにミッションを依頼してきた・・・。これらは典型的なARGのストーリー体験です。いわば現実世界を舞台とした壮大な「ごっこ遊び」とでも言えるでしょうか。詳細については竹内氏も運営にかかわる「ARG情報局」(http://arg.igda.jp/)に情報が集積されています。

独立行政法人理化学研究所研究院の脇坂崇平氏
ラ・シタデールLLC.の竹内ゆうすけ氏

ARGがビジネスとして展開されているのに対して、SRは最先端の研究分野で「明日のエンタメを担う要素技術」です。ひとことでいえば「事前に用意された『過去』の世界を『現実』と差し替え、被験者に過去を現実と区別なく体験させる実験装置」のこと。被験者は実験室でヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着し、ゴーグル越しに外界を認知します。このとき、あるタイミングで(被験者に内緒で)ゴーグル内の映像を過去のものに差し替えます。研究室に被験者が入ってきた時の映像を事前に録画しておき、それを再生すると、過去の自分とご対面、ということになるわけです。

もっとも、これはSRの持つ可能性の一つにすぎません。いわば「被験者の視界をジャックして現実世界を多彩に編集する装置、そして研究分野」とでもいえるでしょう。

なおSRについてはCEDEC2012で「~新たな感覚に訴えるゲームのためのシステム~Substitutional Reality (SR) システムという新しい体験プラットフォーム」という講演が行われ、CEDEC2013ではインタラクティブセッションで実演も行われました。また東京ゲームショウ2012で「センス・オブ・ワンダー ナイトプレゼンツ ヘッドマウントディスプレイ 没入快感研究所 Powered by Sony」として展示され、大きな話題を集めたのも記憶に新しいところです。人をビックリさせるのがエンタテインメントの本質だとすれば、SRはまさに「視覚体験のビックリ箱」だといえるのではないでしょうか。

■リミッターが外れて、三者が交錯した時、どのような体験が提供できるか?

このようにゲームAIがモニタの中の世界で、プレイヤーに「知性」を感じさせようとしているのに対して、ARGもSRも人が感じる「現実感」をさまざまな方向に操ろうとしている点が特徴です(もっとも将来的にはAIがアンドロイドという外装を身にまとい、人間そっくりの肢体で現実社会に進出してくるかもしれません。その時には目の前の人物がはたして人間かアンドロイドなのか、その境界が曖昧になるでしょう)。実際に我々の生活はさまざまなメディアによって囲まれています。地球上にはメディアの向こう側の「真実」が、検閲などによって差し替えられている国々も少なくありません。すなわち人の生活がデジタルのインターフェースに支配されるほどに、我々の「現実感」はあやふやなモノになっていくわけです。

ポイントは「現実と仮想(代替現実)の境界をどのように活用するか」です。ゲームでは作り込まれた世界観でキャラクターに人間らしい、適切なふるまいをさせる。ARGでは「ラビットホール」と呼ばれる「きっかけ」を提示してプレイヤーを呼び込み、現実世界と代替現実の重なる場所で適切な演出を行う。SRではHMDを通して、仮想的・人工的な体験コンテンツを現実と区別できない性質のものにするなど、三者三様のアプローチが行われています。

ここで脇坂氏より「人間の脳は意外と『つじつまあわせ』をする」という研究事例が紹介されました。はじめに被験者に二枚の写真を見せ、どちらが好みか選んでもらいます。次に一度写真を伏せて被験者に渡し、あらためて写真を見ながら理由を答えてもらいます。この時にトリックを用いて(カードを渡すのは奇術師)写真を入れ替えて渡すのです。すると多くの人は自分が選択した写真ではないにもかかわらず、その理由を説明してしまうのだそうです。この事例は体験と認識のずれや、意思決定の曖昧さをうまく表しています。なお本研究は英BBCでドキュメント放映され、Youtubeにもアップされています(http://www.youtube.com/watch?v=wRqyw-EwgTk)

他にメディアとしてのARGとSRの特性や、可能性についての議論もありました。前述のとおりARGはもともと映画の宣伝手段として始まっており、竹内氏も映画宣伝ARGの制作経験があります。そこから竹内氏は「ユーザーの宣伝対象に対する思い入れが深まり、継続的なコミュニケーションが可能で、口コミ効果も期待できる」としつつも「開始時に一定数のコアプレイヤーを囲い込まなければ、口コミ効果が限定的となる。また効果検証が難しい」と分析しました。一方SRは前述の通りTGS2012で特設デモが披露されましたが、一度に一人しか体験できず、実験レベルに留まっています。これらを踏まえて三宅氏は「プレイヤーと作品を体験によって結びつける方法には、ゲーム以外にもさまざまな方法論がある」と整理しました。

最後に議論されたのが「将来的にリミッターが外れると、どうなるか」というトピックです。現在のゲームAI・ARG・SRは主に技術的な観点から、「これは仮想体験である」という限界が自ずと存在します。ゲームAIではチューリングテストを突破するほどのキャラクター造形は困難ですし、ARGでは日常生活と代替世界をつなぐ「ラビットホール」という仕掛けが存在し、プレイヤーに対して「これは現実の世界ではない」ことを暗示させています。SRも研究室レベルのコンテンツで、大型のHMDなどが不可欠です。では、これらの限界が克服されたら、どのような世界が到来するのでしょうか?

はじめに三宅氏は「もし自然知能と人工知能の区別がなくなれば、人は人工知能の存在を恐怖せざるを得ず、両者を区別する社会的なマーキングが必要になる」という未来図を語りました。SF小説『われはロボット』のロボット三原則や、アニメ『イヴの時間』で登場するロボットの印が社会的に義務づけられるというわけです。そこまで社会的にインパクトを与えうる技術といえるかもしれません。

スクウェア・エニックスのリードAIリサーチャー三宅陽一郎氏

続いて竹内氏は「言葉をつくしても納得できないことは多いが、新しい知見でもARGを通して不特定多数の人が『腹落ち』できるようになれば、世界は良い方向に変われるかもしれない」というビジョンを示しました。参院選のネット選挙の解禁に対して「もやもやしたものを感じた」という竹内氏。何千万人もの人が同時に参加するARGを通して、社会が変わるような世界を夢想しており、そのためにも映画・作家・演劇など、さまざまな才能とコラボレーションしていきたいと語ります。

一方で脇坂氏は「HMDなしに体験者の知覚をジャックできる世界は、かなり未来」と語りました。もっとも、HMD付きの体験に限定したとしても「多人数同時体験・自由に動き回れる・触覚・嗅覚も自然に同期する、視野角広大」な体験を通して、現実と仮想が区別できない状態が提示できるようになると指摘。ただし、そうした環境下での心の働きについては未知の部分が多いため、まずは基礎研究を重ねる必要があると釘を刺しました。実際に「ちゃんと『帰ってこられる』ようにするため、コンテンツ制作には気をつけている」とのことで、特に子どもにはプレイさせないように留意しているそうです。

最後に三宅氏は「かつてデジタルゲームは新しい体験だった。ゲーム業界と外部クリエイターとのコラボレーションで、ゲームを新しい体験としてとりもどそう」と呼びかけ、セッションを締めくくりました。

では,最後に読者の皆さんと思考実験としてみましょう。もし、この三者が融合したらどのようなコンテンツが生み出されるでしょうか。

すなわち「HMDがゴーグルなみに小型化され、MMORPGのように一度に大勢のプレイヤーが体験でき、AIキャラクターが登場してプレイヤーとインタラクションし(それは『Halo』シリーズのコルタナのように、ゴーグル内にのみ登場するキャラクターかもしれませんし、アンドロイドのように現実に存在するキャラクターかもしれません)、さらに視界や体験がジャックされ得る環境で展開されるエンタテイメント」というわけです。HMDに限って云えば、すでにオキュラス・リフトのようなゴーグル型ディスプレイや、グーグルグラスなども普及の兆しを見せています。

もちろん現時点では夢物語ですが、10年先・20年先には現実になっているかもしれません。それは、もはや「ゲーム」ではなく、文字通り「コンピュータエンターテイメント」でしょう(仮に20年先に実現するとすれば、新卒で入社したクリエイターが最も油の乗りきったころに、こうしたコンテンツをデザインすることになるわけです)。時期はどうあれ、現時点で想像できるものは必ず実現してしまうのが人間というもの。開発者も未来に向かって常に視野を広げる努力をすることが求められそうです。

筆者紹介/ 小野憲史 (ゲームジャーナリスト)
平日は主夫業に忙しいゲームジャーナリスト。 雑誌『ゲーム批評』編集長を経て2000年よりフリーランスで活動中。Webを中心に業界レポート、インタビュー、コラムなどを発表している。 2012年よりNPO法人国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)代表。
http://ef-12.com/
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